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2008-09-04 Thu 09:38
からっぽになりたい。
時々そう感じて、一切テレビも新聞も見ない日をあえてつくる。 情報があふれている世の中。 ちゃんとセーブしているつもりでも、溺れかけている自分に気が付く。 当然パソコンも開かないわけで、そのあとのメールチェックが大変(スパムも多い!)だけど、 そういう日をたった1日過ごすだけで、頭のぐらぐらがなくなってくる。 どれだけ頭に詰めていたんだー。と思うくらい。 瞑想はいい。 でもなかなか雑念を消して頭の中を空っぽにするのは難しい。 「頭に浮かんできたら、その時に消していけばいい」と言われるけど、 それさえも疲れるときがある。 瞑想に浸れる時もあれば、そうでない時もあり、 なかなかできないときは、やっぱり頭がぐらぐらしている。 空っぽになるって難しい。 そう思ってた。 テレビも新聞もパソコンも見ない日は、 だからといって何にも考えていないわけではなく、 反対にやたらと自分の頭で考え動いている。 そして、聞こえてくる音や、吹き抜ける風や、鳥や虫の声を身体全部で感じていた。 かすかに香る季節の変わり目のにおいまでも。 そうやって、自分の全部を使って過ごした日は、 夜、空っぽになれることがよくある。 横になっていると、血液が全身をめぐる音までも聞こえそうな気になる。 そんな日は、「あーーーからっぽになれた」と感じる。 東城百合子さんは、師である常岡一郎先生から、 「物も金も、力も汗も、知恵も親切も、持っているものをいっさい出し切って、 空っぽになれ」と言われた。 人間は、すべて空っぽになったとき、「お天道さま」から無限のエネルギーが入ってきて、 根が育つのだ、と彼女もいう。 そうだ。 もっともっと空っぽになればいい。 持っているもの出し切って。 からっぽになることを恐れなくていい。 信じて手放すのだ。 無限のエネルギーの循環こそが、 あるがままで生きるということにつながる。 すべて自分のものにしたいと欲でまみれた人生は、 単なるわがままで生きるということになる。 当然無限のエネルギーが入る余地はない。 どんどんからっぽになって、 すべてを後世に引き渡して、 海の塵のひとつになれたら、 こんなに幸せな人生はなかったと思うだろう。 からっぽになる人生が、 充実した人生だと感じる人はどのくらいいるだろうか。 pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》 |
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