口内炎が、1つ、2つ、3つ・・・とできた時、1週間もすればなくなると思いきや、いやはやこんなにひどくなるとは思ってもみなかった。
母が退院した日(10月17日)にはすでにぽつんとできていて、それでもいつものことと気にならなかったのに、週明けて月曜日(19日)には3つに増え、そして火曜日(20日)には4つになっていた。
そして次の日の水曜日(21日)から3日間の発熱。 これがまた38,4度〜38,6度とかなりの高熱で、夫も私も「すわ! インフルエンザか!?」と思ってしまった。
でも身体の状態をどう見ても、風邪とかインフルエンザの気がせず、結局病院には行かなかった。
まぁ病院に行く気力も体力もなく、待たされた挙句本当にどこかからインフルエンザをもらってきそうな気がしたので、行かなくて正解。
それにしても、今回の口内炎には本当に参った。
いくつなんて数えられるうちは軽症なのだと(自分にとって、ということです)思った。何せ数えきれないくらい口の中に白いぶつぶつ。そして炎症をおこして真っ赤になり、潰瘍になってしまった部分もあり、水さえしみた。
喉の奥にも広がったときは最悪で、唾も飲みこめず声を出すのも辛かった。 なぜにこんなひどくなってしまったんだろう。。。。?
考えられる原因を片っぱしから考えてみた。
・母の入院に伴い、通院等で疲れ免疫力が落ちた。そして術後の経過よろしく無事退院しホッとしたことで、一気に気が緩み疲れが口内炎の形ででてきた。
・子宮筋腫による貧血
・女性ホルモンバランスの崩れ(*後日加筆)
・甲状腺機能低下による貧血。そして代謝機能低下によって治癒が追いつかずどんどん増えた。
・夏頃から週末によく食べにいった中華料理屋さんが使用する調味料が、身体に負担をかけた。
(うま味調味料とか・・・)
・ローフードを取り入れたことによっての身体のデトックス。あるいは好転反応。
・生野菜の食べすぎで身体が冷えた。あるいは胃に負担がかかりすぎた。
・フルーツの食べすぎで身体が冷えた。
・季節の変わり目による身体の変化。
・心の問題(?)(言いたいことがいえないため口の中にトラブルが起こった)
などなどなど・・・・・
思い当たることをずらずらと書き並べてみたけど、原因は一つではないし、どれも少しずつ関係しているのだろうと思う。
病院には行かなかったけど、何もしなかったわけではなく、やっぱり痛みを軽減したり早く治したい一心で、いろいろ試してはみた。
どんなことかというと。
・口の中を頻繁にすすぐ。 このとき浄水していない水道水はしみるのでだめ。冷たい水もだめ。
ぬるめが良い。 ほんのひとつまみの塩をいれるとあまりしみない。(全くではなかった)
・水だけでなく、びわの葉のエキスを口に含んだ。 口の中全部口内炎になったときはアルコール分がしみるので薄めて使った。 消毒作用が強いので良い菌まで殺してしまうような気がしたため、必ずそのあとで水で口中をゆすぐ。 ゆすがないと痛くてしょうがなかったのもあるけど。
・熱いもの、冷たすぎるもの、刺激の強いもの、酸味の強いものは口にしない。 というよりできなかったけど。 噛むこと自体が辛いので、なるべく柔らかくて水分の多いものを食べた。
生野菜や青汁などのローフードは食べたいとは思わなかった・・・。
・痛みを和らげるために効果があったのは、クローブの精油(*)。
オリーブオイル5mlに対して10滴の精油を入れて、綿棒で患部につける。
口内炎の数が少なくい場合は、もう少し濃度が高くてもいいと思うが、今回は何しろ範囲が広いため、10滴(場合によってはもっと低濃度で)にした。
・木酢液で口をゆすぐ(これも効果大)
または患部に原液塗布する(*後日加筆)
・口の中は清潔に保つため歯磨きは怠らない。 口を開けるのも痛かったけど、患部にブラシが当たらないようにすごい顔になりながら毎食後。
(毎食というほど食べられなかったが)
・唇を冷たいタオルで冷やす。 唇が紫色に変色するぐらい腫れてしまい、冷やすと痛みが緩和された。 唇の内側に口内炎ができた時は、患部ではなくて唇を冷やすと楽になることがわかった。
・食べられるものが限定、量も食べられないため、体重は激減。 だが栄養ドリンク等は避けたかったので、栄養補給のために用いたのが、「玄米スープ」(辰巳芳子著) これには身体も救われたと思ったはず。(その後「あなたのために- いのちを支えるスープ」辰巳芳子著を思わず購入)
・知り合いの方(薬剤師さん)からの朗報。「ルミンA」が良いと勧めていただき、さっそく買って服用。
ほとんど治りかけていた時だったが、服用した次の日には残っていた数個の痛みがなくなり、その翌日には赤みが少し残るものの、痛みは全くなくなった。
ルミンAは有効成分クリプトシアニンO.A.コンプレックスにより、免疫力を高めて細胞組織活性化させるというもの。 口内炎用というわけではなく、炎症等の症状を修復させる作用がある。
効果としては、アレルギー性疾患・食欲不振・貧血・一般創傷・・・・など。
(薬局で購入できます。持病がある方は薬剤師さんに相談してから服用してください。)
そんなこんなで色々試しつつ、後は自己治癒力を信じて治るのを根気強く待った。
さすがに辛かったけど・・・><
前回の頭痛といい、今度は口内炎といい、身体からのメッセージは大事にしようと思う。
と、同時に、身体の治癒力って本当にすごい!と思った。
あんなにひどくなっていたのに、いろいろ試してはみたとはいえ2週間を過ぎるとどんどん治っていった。頭痛の時も2週間を過ぎるとどんどん痛みが軽くなった。
もちろん、自然に任せているだけではダメな時もあるので、どの時点で病院や薬に頼るかは、ちゃんと自分で決めなくてはいけない。
痛みに弱い人もいるし、体力がない人もいる。もう少し我慢すれば・・・と言ってるうちに治癒力が追い付かず、悪化の方が早くなることもある。
頭痛の時も今回の口内炎も、私には治癒力に任せておける体力と(気力もか?)、そして痛みに対する強さもあったから、急性処置を行わずとも時間をかけて治るのを待つことができた。
もし待つことができるのなら(でも痛みは極力除いた方がいい)、自分の身体を信じて、じっくり身体と向き合ってみるのもいいかもしれない。
どうしたら日々の生活の中で工夫しながら、身体の応援ができるのかを考える良い機会だし、ほんのわずかな身体の変化にも気が付くことができるようになる。
そして自分の身体を通して学んだことは、今後も大いに役立つと思っている。
それにしても、頭痛、口内炎ときて次はなんだ!?とついつい考えてしまう。
だからといって深刻になっているわけではなく、思い当たる原因についてのケアもしっかりやっていこうと思うけど、何はともあれ痛いのは嫌だな〜。
まずは落ちた筋力をつけるべく、また少しずつスポーツクラブに通うことにしようかな。
*クローブの精油は、ドイツでは歯科治療によく使われる。 麻酔作用もあるため痛みが強い場合に用いると楽になる。 ティートリーとブレンドしたオイルもなかなかよかった。
精油を原液でつける場合、口内炎の数が少ないことが条件。ただ、1日の使用回数が多いと患部が乾燥しすぎてよくないので、植物オイルで希釈したものを使用した方がいい。 植物オイルは口の中に入れても安心なものを使用すること。 また、植物オイルも精油も、質が良く酸化していないものに限る。 使用する際には、自身の責任において行うこと。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
母が退院した日(10月17日)にはすでにぽつんとできていて、それでもいつものことと気にならなかったのに、週明けて月曜日(19日)には3つに増え、そして火曜日(20日)には4つになっていた。
そして次の日の水曜日(21日)から3日間の発熱。 これがまた38,4度〜38,6度とかなりの高熱で、夫も私も「すわ! インフルエンザか!?」と思ってしまった。
でも身体の状態をどう見ても、風邪とかインフルエンザの気がせず、結局病院には行かなかった。
まぁ病院に行く気力も体力もなく、待たされた挙句本当にどこかからインフルエンザをもらってきそうな気がしたので、行かなくて正解。
それにしても、今回の口内炎には本当に参った。
いくつなんて数えられるうちは軽症なのだと(自分にとって、ということです)思った。何せ数えきれないくらい口の中に白いぶつぶつ。そして炎症をおこして真っ赤になり、潰瘍になってしまった部分もあり、水さえしみた。
喉の奥にも広がったときは最悪で、唾も飲みこめず声を出すのも辛かった。 なぜにこんなひどくなってしまったんだろう。。。。?
考えられる原因を片っぱしから考えてみた。
・母の入院に伴い、通院等で疲れ免疫力が落ちた。そして術後の経過よろしく無事退院しホッとしたことで、一気に気が緩み疲れが口内炎の形ででてきた。
・子宮筋腫による貧血
・女性ホルモンバランスの崩れ(*後日加筆)
・甲状腺機能低下による貧血。そして代謝機能低下によって治癒が追いつかずどんどん増えた。
・夏頃から週末によく食べにいった中華料理屋さんが使用する調味料が、身体に負担をかけた。
(うま味調味料とか・・・)
・ローフードを取り入れたことによっての身体のデトックス。あるいは好転反応。
・生野菜の食べすぎで身体が冷えた。あるいは胃に負担がかかりすぎた。
・フルーツの食べすぎで身体が冷えた。
・季節の変わり目による身体の変化。
・心の問題(?)(言いたいことがいえないため口の中にトラブルが起こった)
などなどなど・・・・・
思い当たることをずらずらと書き並べてみたけど、原因は一つではないし、どれも少しずつ関係しているのだろうと思う。
病院には行かなかったけど、何もしなかったわけではなく、やっぱり痛みを軽減したり早く治したい一心で、いろいろ試してはみた。
どんなことかというと。
・口の中を頻繁にすすぐ。 このとき浄水していない水道水はしみるのでだめ。冷たい水もだめ。
ぬるめが良い。 ほんのひとつまみの塩をいれるとあまりしみない。(全くではなかった)
・水だけでなく、びわの葉のエキスを口に含んだ。 口の中全部口内炎になったときはアルコール分がしみるので薄めて使った。 消毒作用が強いので良い菌まで殺してしまうような気がしたため、必ずそのあとで水で口中をゆすぐ。 ゆすがないと痛くてしょうがなかったのもあるけど。
・熱いもの、冷たすぎるもの、刺激の強いもの、酸味の強いものは口にしない。 というよりできなかったけど。 噛むこと自体が辛いので、なるべく柔らかくて水分の多いものを食べた。
生野菜や青汁などのローフードは食べたいとは思わなかった・・・。
・痛みを和らげるために効果があったのは、クローブの精油(*)。
オリーブオイル5mlに対して10滴の精油を入れて、綿棒で患部につける。
口内炎の数が少なくい場合は、もう少し濃度が高くてもいいと思うが、今回は何しろ範囲が広いため、10滴(場合によってはもっと低濃度で)にした。
・木酢液で口をゆすぐ(これも効果大)
または患部に原液塗布する(*後日加筆)
・口の中は清潔に保つため歯磨きは怠らない。 口を開けるのも痛かったけど、患部にブラシが当たらないようにすごい顔になりながら毎食後。
(毎食というほど食べられなかったが)
・唇を冷たいタオルで冷やす。 唇が紫色に変色するぐらい腫れてしまい、冷やすと痛みが緩和された。 唇の内側に口内炎ができた時は、患部ではなくて唇を冷やすと楽になることがわかった。
・食べられるものが限定、量も食べられないため、体重は激減。 だが栄養ドリンク等は避けたかったので、栄養補給のために用いたのが、「玄米スープ」(辰巳芳子著) これには身体も救われたと思ったはず。(その後「あなたのために- いのちを支えるスープ」辰巳芳子著を思わず購入)
・知り合いの方(薬剤師さん)からの朗報。「ルミンA」が良いと勧めていただき、さっそく買って服用。
ほとんど治りかけていた時だったが、服用した次の日には残っていた数個の痛みがなくなり、その翌日には赤みが少し残るものの、痛みは全くなくなった。
ルミンAは有効成分クリプトシアニンO.A.コンプレックスにより、免疫力を高めて細胞組織活性化させるというもの。 口内炎用というわけではなく、炎症等の症状を修復させる作用がある。
効果としては、アレルギー性疾患・食欲不振・貧血・一般創傷・・・・など。
(薬局で購入できます。持病がある方は薬剤師さんに相談してから服用してください。)
そんなこんなで色々試しつつ、後は自己治癒力を信じて治るのを根気強く待った。
さすがに辛かったけど・・・><
前回の頭痛といい、今度は口内炎といい、身体からのメッセージは大事にしようと思う。
と、同時に、身体の治癒力って本当にすごい!と思った。
あんなにひどくなっていたのに、いろいろ試してはみたとはいえ2週間を過ぎるとどんどん治っていった。頭痛の時も2週間を過ぎるとどんどん痛みが軽くなった。
もちろん、自然に任せているだけではダメな時もあるので、どの時点で病院や薬に頼るかは、ちゃんと自分で決めなくてはいけない。
痛みに弱い人もいるし、体力がない人もいる。もう少し我慢すれば・・・と言ってるうちに治癒力が追い付かず、悪化の方が早くなることもある。
頭痛の時も今回の口内炎も、私には治癒力に任せておける体力と(気力もか?)、そして痛みに対する強さもあったから、急性処置を行わずとも時間をかけて治るのを待つことができた。
もし待つことができるのなら(でも痛みは極力除いた方がいい)、自分の身体を信じて、じっくり身体と向き合ってみるのもいいかもしれない。
どうしたら日々の生活の中で工夫しながら、身体の応援ができるのかを考える良い機会だし、ほんのわずかな身体の変化にも気が付くことができるようになる。
そして自分の身体を通して学んだことは、今後も大いに役立つと思っている。
それにしても、頭痛、口内炎ときて次はなんだ!?とついつい考えてしまう。
だからといって深刻になっているわけではなく、思い当たる原因についてのケアもしっかりやっていこうと思うけど、何はともあれ痛いのは嫌だな〜。
まずは落ちた筋力をつけるべく、また少しずつスポーツクラブに通うことにしようかな。
*クローブの精油は、ドイツでは歯科治療によく使われる。 麻酔作用もあるため痛みが強い場合に用いると楽になる。 ティートリーとブレンドしたオイルもなかなかよかった。
精油を原液でつける場合、口内炎の数が少ないことが条件。ただ、1日の使用回数が多いと患部が乾燥しすぎてよくないので、植物オイルで希釈したものを使用した方がいい。 植物オイルは口の中に入れても安心なものを使用すること。 また、植物オイルも精油も、質が良く酸化していないものに限る。 使用する際には、自身の責任において行うこと。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
2009.11.06
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めったに買わない経済週刊誌「東洋経済」を久しぶりに購入した。
表紙にでかでかと「ニッポンの食と農業」と書かれていて、その横には「食卓危機」の衝撃と真相とあったので、何やらそこいらのサスペンスものよりも面白いのでは・・・・と思って。
食卓に危機が迫っているわけだから、面白いと言ってはいけないのだけど、普段目にすることのできないそして耳に入らないことがわかるとなると、これはもう見逃せない。
私としては内容的には目新しい発見はなく、もうすでに「そうだろうよ」というものがほとんどだったけど、でも普段食に興味のない人達には、こういう実態もあるのだよということを知ってもらうためにも目を通してみるといいかもと思った。
もちろん、食に興味のある人たちにとっても、なかなか興味深い記事が満載だ。
最近ニュースにもなった、調理用油「エコナ」の話も載っている。
特保に認証されていたから安心、安全と使っていた家庭は数多くあると思うけど、食の原点に戻ればこういった油が本当に安全なのかと疑ってもいいような気がする。
そしてカロリーゼロ食品についての記事もあった。
カロリーも糖類や糖質も、脂肪もゼロの、こんなにうれしいゼロ食品。これならどんなに飲食しても安心ね♪とばかりに、がばがばと口にしていないだろうか。
ゼロの落とし穴にはまる前に、どういう原材料を使っていったらそういうものが出来上がるのかを、いまいちど考えてみてほしい。本当に何もかもゼロだったらどんなに味気のないものになるだろうか。でもそんな代物は誰も見向きもしない。だからそこで、あれを足して、これも足して、あ、でもそれをいれたらこっちはちょっと減らして、と。
なんて具合に理科の実験かと思うような作業が繰り返されているのを想像する。
何よりも私がいま危惧しているのは、人工甘味料。
様々な食事療法などでは精製された砂糖を避けましょう、やめましょうというものが多く(私も避けている。外食もするから完璧じゃないけど)、わかりましたとばかりに人工甘味料に乗り換える人も少なくないらしい。
何せカロリーも糖類も糖質もゼロだから、あまり罪悪感を感じないというのもあるのかもしれない。
人工の何がいけないのか。何がいけないと思うか?
専門知識のない私が論じるものではないので、単なる感想だが単純明快に「体が受け付けない」。
口に入ったときに舌にしびれを感じる。
そして体の中できちんと分解されないような気がする。それは頭痛が起きたり吹き出物や口内炎ができたりという身体からのサインによって示される。
この記事の中にも、ラットの実験で砂糖水には執着するが、人工甘味料入りの水には執着しないと書いてある。 人間とラットをすべて一緒にはできないけど、人間だってそんな人工的なものをおいそれと受容できるような身体に、神様は作っていないと思うのだ。
食の自給率は41%だっていうのに、活用されていない農地はたくさんあるし、食品の廃棄量もとっても多い日本。 ほんとうにちぐはぐな食糧事情の上、さらに本来人間が口にするものからどんどん遠ざかる食の事情。 そして口にすべきではないものに手を出しながら、健康本や健康ネタを必要とする矛盾も存在する。
もっと食について真剣に考えて、そして考えるだけではなく勇気をもって「実行」しないで、どうして危機から救われるのだろうかと思う。
本誌の中ほどに、辰巳芳子さんのインタビューが載っている。
「人を人たらしめるのが命。これを全うさせるのに大切な仕組みが呼吸と食なのです。
食べるということは、命の仕組みの中に厳然と組み込まれている。その法則の前に、私たちは謙虚に従わざるをえない。だから食べるべきように食べていかなければならないのです」
食は薬よりも大事だと思う。これはどんなことがあっても何を言われても譲れない。
呼吸と食が命を支える一番の柱。その柱を自ら崩そうとしているのが人間。
経済をよりよくすることは生活する上で必要なことであり、生活できなければ命にかかわることも確か。でも経済のために人間の命を犠牲にするのは、どうしたって納得できることではない。
なによりも心が痛むのは、これからの世代を生きていく子どもたちの食がどうなってしまうのだろうか、ということだ。 幼いころからファーストフードや添加物たっぷり、そして大人と同じ塩分や脂肪分、糖分たっぷりの食生活に慣れてしまっているこども達が、この悪循環に立ち向かっていくことができるのだろうか。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
表紙にでかでかと「ニッポンの食と農業」と書かれていて、その横には「食卓危機」の衝撃と真相とあったので、何やらそこいらのサスペンスものよりも面白いのでは・・・・と思って。
食卓に危機が迫っているわけだから、面白いと言ってはいけないのだけど、普段目にすることのできないそして耳に入らないことがわかるとなると、これはもう見逃せない。
私としては内容的には目新しい発見はなく、もうすでに「そうだろうよ」というものがほとんどだったけど、でも普段食に興味のない人達には、こういう実態もあるのだよということを知ってもらうためにも目を通してみるといいかもと思った。
もちろん、食に興味のある人たちにとっても、なかなか興味深い記事が満載だ。
最近ニュースにもなった、調理用油「エコナ」の話も載っている。
特保に認証されていたから安心、安全と使っていた家庭は数多くあると思うけど、食の原点に戻ればこういった油が本当に安全なのかと疑ってもいいような気がする。
そしてカロリーゼロ食品についての記事もあった。
カロリーも糖類や糖質も、脂肪もゼロの、こんなにうれしいゼロ食品。これならどんなに飲食しても安心ね♪とばかりに、がばがばと口にしていないだろうか。
ゼロの落とし穴にはまる前に、どういう原材料を使っていったらそういうものが出来上がるのかを、いまいちど考えてみてほしい。本当に何もかもゼロだったらどんなに味気のないものになるだろうか。でもそんな代物は誰も見向きもしない。だからそこで、あれを足して、これも足して、あ、でもそれをいれたらこっちはちょっと減らして、と。
なんて具合に理科の実験かと思うような作業が繰り返されているのを想像する。
何よりも私がいま危惧しているのは、人工甘味料。
様々な食事療法などでは精製された砂糖を避けましょう、やめましょうというものが多く(私も避けている。外食もするから完璧じゃないけど)、わかりましたとばかりに人工甘味料に乗り換える人も少なくないらしい。
何せカロリーも糖類も糖質もゼロだから、あまり罪悪感を感じないというのもあるのかもしれない。
人工の何がいけないのか。何がいけないと思うか?
専門知識のない私が論じるものではないので、単なる感想だが単純明快に「体が受け付けない」。
口に入ったときに舌にしびれを感じる。
そして体の中できちんと分解されないような気がする。それは頭痛が起きたり吹き出物や口内炎ができたりという身体からのサインによって示される。
この記事の中にも、ラットの実験で砂糖水には執着するが、人工甘味料入りの水には執着しないと書いてある。 人間とラットをすべて一緒にはできないけど、人間だってそんな人工的なものをおいそれと受容できるような身体に、神様は作っていないと思うのだ。
食の自給率は41%だっていうのに、活用されていない農地はたくさんあるし、食品の廃棄量もとっても多い日本。 ほんとうにちぐはぐな食糧事情の上、さらに本来人間が口にするものからどんどん遠ざかる食の事情。 そして口にすべきではないものに手を出しながら、健康本や健康ネタを必要とする矛盾も存在する。
もっと食について真剣に考えて、そして考えるだけではなく勇気をもって「実行」しないで、どうして危機から救われるのだろうかと思う。
本誌の中ほどに、辰巳芳子さんのインタビューが載っている。
「人を人たらしめるのが命。これを全うさせるのに大切な仕組みが呼吸と食なのです。
食べるということは、命の仕組みの中に厳然と組み込まれている。その法則の前に、私たちは謙虚に従わざるをえない。だから食べるべきように食べていかなければならないのです」
食は薬よりも大事だと思う。これはどんなことがあっても何を言われても譲れない。
呼吸と食が命を支える一番の柱。その柱を自ら崩そうとしているのが人間。
経済をよりよくすることは生活する上で必要なことであり、生活できなければ命にかかわることも確か。でも経済のために人間の命を犠牲にするのは、どうしたって納得できることではない。
なによりも心が痛むのは、これからの世代を生きていく子どもたちの食がどうなってしまうのだろうか、ということだ。 幼いころからファーストフードや添加物たっぷり、そして大人と同じ塩分や脂肪分、糖分たっぷりの食生活に慣れてしまっているこども達が、この悪循環に立ち向かっていくことができるのだろうか。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
2009.10.19
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入院中の母へのケアを、記録代わりに書くといいながら、更新が滞り記録も何もあったものではない。
まぁ記憶もすっぽ抜けている のだからしょうがないか。
アロマを使用したケアは、断念した。
母が入っている病棟は、呼吸器系と皮膚科なのだけど、他の病棟が満床のためか別の診療科の患者さんも同室している。
香りは人それぞれに好みもあるし、手術を待つ患者さんあるいは術後の患者さんがいるため、安易に使えない。 そして母自身が周りに気を遣い、自宅に戻ってからでいいという。
見舞いの花は今や一切お断りとなっているので、花の香りで・・・・というわけにもいかず、ドレナージュと優しくさする(時々ポイント的に圧を加える)ケアにした。
術後の強い傷の痛みが少しずつ緩和されてくると、他の部位の不具合を感じるようになってきたらしい。先日は背中がどうも重だるくて、横向いても仰向けでも寝られないという。
痛みのためにかなり筋肉が緊張しているのだろう。
また、傷をかばう体位でいるため、どうしても負担のかかる箇所がでてくる。
どこをどうほぐしていくのが一番母の身体に負担がかからず、そしてよい結果を出せるのかを、少しずつ探りながらさすっていくうちに、すやすやと寝てしまった。
このとき一番母にとって必要だったのは、安心感なのかもしれないとふと思う。
何も考えずにほんの一時でも安らかに眠ることは(あの世じゃなくて^^;)、祖母の介護をしている母にとっては案外難しいのかもしれない。
また、病院では何かあれば駆けつけてもらえることはあるが、同室人の状況は様々だし、部屋のドアは開け放たれているので、他の病室の患者の声も聞こえることもある為、眠りの浅い患者にとっては安眠はなかなか得難いのだろう。
うれしいことに、母は私を必要としてくれている。そして信頼をよせてくれている。
こうして触れてもらいながらそばにいてくれるだけでも、安心できると言ってくれる。 一時は痛みや呼吸をするのが辛くて、食欲もなく夜も寝むれず、そして看護にあたる者にイライラを募らせ、自分でも嫌になっていたようだ。
こうした安心感が生まれるときは、何も様子を見にくる家族だけではなく、気の合うドクターや看護師の存在や一言だったりもする。
あるいは、見舞いに来てくれる友の励ましの言葉。(励ますというのは何も「頑張れ!」「前向きに」という言葉に限らない)
自分の存在を気にかけてくれるというその気持ちは、励ましにつながる。
そして会いに来てくれたというその行動が励ましになり、そうした人とのつながりが心強さと安心感をもたらす。
安心感を伴う心強さは、自分の心を強くしてくれるものでもある。
励まされるというのは、人が生きていく上で絶対かどうかわからないけど、かなり必要なことなのではないかと思う。
もちろん励ましてやろう!などという傲慢な気持ちで接したところで、通じるものはないだろうけど。
生きている間は、生きていかねばならないと私は思っている。 心も体も疲れ果てていたって、命ある限りは生きていかねばならない。そうした中、自ら一歩ずつ踏み出し進み行く気力と勇気は、励ましによって支えられているように思う。
動植物に励まされる。
夜空の星に励まされる。
朝陽や夕焼けの美しさに励まされる。
赤ん坊やこどもの笑顔に励まされる。
見知らぬ人の親切に励まされる。
ほかにもたくさん励まされるものがある。
皆どこかでいつも励まされているものがあると思う。
でもそれらがどれだけ病気を快復させるか、治療の効果を上げさせるか、延命させるられるかなんて科学的に証明できない。
むしろこういったものに科学的証明なんて必要ない。
それは人生観が人それぞれだからだ。どう生きるかでもどう死ぬかでもどちらでもいい。(と最近考える)
私はどれだけのものに励まされてきただろう。
それを思うと、毎日感謝しても死ぬまでに感謝しきれないかもしれない。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
まぁ記憶もすっぽ抜けている のだからしょうがないか。
アロマを使用したケアは、断念した。
母が入っている病棟は、呼吸器系と皮膚科なのだけど、他の病棟が満床のためか別の診療科の患者さんも同室している。
香りは人それぞれに好みもあるし、手術を待つ患者さんあるいは術後の患者さんがいるため、安易に使えない。 そして母自身が周りに気を遣い、自宅に戻ってからでいいという。
見舞いの花は今や一切お断りとなっているので、花の香りで・・・・というわけにもいかず、ドレナージュと優しくさする(時々ポイント的に圧を加える)ケアにした。
術後の強い傷の痛みが少しずつ緩和されてくると、他の部位の不具合を感じるようになってきたらしい。先日は背中がどうも重だるくて、横向いても仰向けでも寝られないという。
痛みのためにかなり筋肉が緊張しているのだろう。
また、傷をかばう体位でいるため、どうしても負担のかかる箇所がでてくる。
どこをどうほぐしていくのが一番母の身体に負担がかからず、そしてよい結果を出せるのかを、少しずつ探りながらさすっていくうちに、すやすやと寝てしまった。
このとき一番母にとって必要だったのは、安心感なのかもしれないとふと思う。
何も考えずにほんの一時でも安らかに眠ることは(あの世じゃなくて^^;)、祖母の介護をしている母にとっては案外難しいのかもしれない。
また、病院では何かあれば駆けつけてもらえることはあるが、同室人の状況は様々だし、部屋のドアは開け放たれているので、他の病室の患者の声も聞こえることもある為、眠りの浅い患者にとっては安眠はなかなか得難いのだろう。
うれしいことに、母は私を必要としてくれている。そして信頼をよせてくれている。
こうして触れてもらいながらそばにいてくれるだけでも、安心できると言ってくれる。 一時は痛みや呼吸をするのが辛くて、食欲もなく夜も寝むれず、そして看護にあたる者にイライラを募らせ、自分でも嫌になっていたようだ。
こうした安心感が生まれるときは、何も様子を見にくる家族だけではなく、気の合うドクターや看護師の存在や一言だったりもする。
あるいは、見舞いに来てくれる友の励ましの言葉。(励ますというのは何も「頑張れ!」「前向きに」という言葉に限らない)
自分の存在を気にかけてくれるというその気持ちは、励ましにつながる。
そして会いに来てくれたというその行動が励ましになり、そうした人とのつながりが心強さと安心感をもたらす。
安心感を伴う心強さは、自分の心を強くしてくれるものでもある。
励まされるというのは、人が生きていく上で絶対かどうかわからないけど、かなり必要なことなのではないかと思う。
もちろん励ましてやろう!などという傲慢な気持ちで接したところで、通じるものはないだろうけど。
生きている間は、生きていかねばならないと私は思っている。 心も体も疲れ果てていたって、命ある限りは生きていかねばならない。そうした中、自ら一歩ずつ踏み出し進み行く気力と勇気は、励ましによって支えられているように思う。
動植物に励まされる。
夜空の星に励まされる。
朝陽や夕焼けの美しさに励まされる。
赤ん坊やこどもの笑顔に励まされる。
見知らぬ人の親切に励まされる。
ほかにもたくさん励まされるものがある。
皆どこかでいつも励まされているものがあると思う。
でもそれらがどれだけ病気を快復させるか、治療の効果を上げさせるか、延命させるられるかなんて科学的に証明できない。
むしろこういったものに科学的証明なんて必要ない。
それは人生観が人それぞれだからだ。どう生きるかでもどう死ぬかでもどちらでもいい。(と最近考える)
私はどれだけのものに励まされてきただろう。
それを思うと、毎日感謝しても死ぬまでに感謝しきれないかもしれない。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
2009.10.14
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母の手術が無事終わりICUで一泊した後、昨日病室に戻ってきた。
私が部屋に入りベッドに近づくと、ボーっとしながら上半身を起こした状態でベッドの中にいた。
昨日の今日ではまだ痛みもあるらしく(痛み止めを服用)、またICUではほとんど眠れなかったようで、かなり体力も気力も弱っているようだった。
ちょうどお昼についたので食事も用意されていたが、食欲も全くないという。
痛みどめを飲むため何か口に入れてほしいという看護師の言葉に、仕方なく野菜ジュースを口にするが、それも半分は残していた。
二言三言話をしてから、私は持ってきたお弁当を食べるためにデイルームへ。
のんびり食べている気持になれず、超特急の速さでもぐもぐし(それでもよく噛むことは心がけたい)、
30分後に病室に戻ると看護師さんと看護学生が来ていた。
大学病院なので看護学生の実習が入ることはよくあることで、母も今回3回目の入院になるが、毎回快く承知をしている。
体温や血圧の計測、点滴の確認等が終わり二人がでていくと、母が一言「あの看護師さんちょっと嫌だわ」という。
母が誰かに対して愚痴をいうことはほとんどないので不思議に思っていた。
そんなに不快な感じはしなかったから。
そしてそうとう具合が悪かったようで、看護学生さんにも本当は今日は遠慮してもらいたいという。
あまりにも嫌悪感が強いようであれば、担当看護師さんに相談するつもりでいたが、間もなく実習時間が終わりだと告げに来たので、とりあえず何も言わずにいた。
そして、問題の看護師さん(担当看護師さんとは違う人)。
最近はそんなに珍しくなくなった男性の看護師さんで、見た目は素朴な感じなのだが、何度か母への接し方をみていると、どうも母が不快に思う気持ちがわかってきた。
マニュアル道理になんでも進めようとし、母の気持ちや身体の状態が置き去りにされている。
やるべき任務を果たし、治療のスケジュール通りにすすめていくことは、患者にとって必要なことであるとは理解しながらも、強引で脅迫的な物言いに違和感があった。
看護師が“男性だから”というのではなく、おそらく彼の仕事に対する観念が、患者との間に大きな隙間を作っているのだろう。
あまり母がわがままを言ってはいけないとしばらく様子を見ていたが、どうにも口を出したくなった。
(そして出してしまった)
夕食を食べられるか見届けたかったのだけど、その日は5時に病院を出なければならず、ちょうどバックを抱えて帰ろうとした時に、その男性看護師さんが入ってきて、どうしても今トイレに行ってきておしっこを出してきてほしいという。
その1時間ほど前にもトイレに連れていかれたばかりだというのに。
水分はなるべく摂るようにしていたが、それとてぐびぐびと飲めるものではなく、母はまだ出ないからもう少し時間が欲しいというのだが、頑として聞き入れてくれない。
そして彼はこういった
「日勤が終わり夜勤と交代するのでその前に出してほしい」
それを聞いた母は「それなら夜勤の看護師さんが来てからでもいいでしょ」と返すのだが、どうしても自分がいる間にしてほしいという。
そんな押し問答が続き、結局母はあきらめてトイレに向かった。
その後ろ姿を見て、私は一度抱えたバッグをまた椅子の上に置き、母が出てくるまで待つことにした。
母の様子が気になったのと、彼に一言告げたいことがあったから。
用を足した母がトイレの中からナースコールを押した時(終わったら押すよう言われていたらしい)、あの男性看護師は母が入ったのを見届けてからどこかへ行ってしまったのか、二人の看護師さん(女性)が駆けつけてきた。
母はさらに疲弊した表情で「あまり出ませんでした。もう絞り出すようにこれだけ・・・」といい、「あまりに強制的でプレッシャーが強くてあれではでないです」と訴えた。
私は男性看護師さんに直接話をしたかったのだけど、彼はいなかったので担当看護師さんともう一人の看護師さんに伝えることにした。
「患者はロボットではなく人間です」と。
看護師さんたちの忙しさはよくわかる。経験がないので実感はできないが、親しくしている知り合いの看護師長を通して、本当に激務で心身ともに大変な職業だということよく聞かされている。
私自身も幾たびかの入院で、その忙しさを目にしてもいる。
根本的なシステムから変えねば、なかなか看護師たち自身の思う看護をすることは難しいことも承知している。また、 患者の要望に答えたくともできない、歯がゆい思いをしている人も多いと思う。
でもそれでも患者の心を置き去りにしてはいけない。
治療は医学だけでは成立しない。
患者の心の状態がどれだけ治癒に結びつくものなのか、そして治療には患者と医療従事者の間に信頼関係が不可欠であることを、今一度その彼には考えてほしかった。
決して彼のやっていることを否定しているわけではない。
ただ、治療や看護にあたる中で、とても大切なそして決定的に足りないものがある、ということを自覚してほしかったのだ。
母は完全にかの男性看護師に対して不信感のみならず恐怖心を持っていた。
それはあまり言いたくないことだけど、「男性である」ということも多少は関係しているようだった。
性差別はするつもりはないが、強引なしぐさにやはりとても威圧感を感じていたのだと思う。 それが恐怖心を募らせたのだろう。
恐怖心や不安な気持ちを増大させ、プレッシャーを与え、信頼関係のない所に、適切な治療が存在するとは思えない。
私が待っていたこと。
そして本人ではないにしても、担当看護師さんに話をしたことで、母は少しほっとした表情をみせてくれた。(少し涙ぐんでいたかもしれない)
昨晩はぐっすりねむれただろうか。
と思っていたら今メールがきた。
例の看護師さんをはじめ、他の看護師さんたちも皆謝罪にきたという。
お互いの気持ちが通じあう看護になっていってくれればと思う。
そして昨晩はぐっすり眠れたとも記されていた。(ほっ(^。^))
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
私が部屋に入りベッドに近づくと、ボーっとしながら上半身を起こした状態でベッドの中にいた。
昨日の今日ではまだ痛みもあるらしく(痛み止めを服用)、またICUではほとんど眠れなかったようで、かなり体力も気力も弱っているようだった。
ちょうどお昼についたので食事も用意されていたが、食欲も全くないという。
痛みどめを飲むため何か口に入れてほしいという看護師の言葉に、仕方なく野菜ジュースを口にするが、それも半分は残していた。
二言三言話をしてから、私は持ってきたお弁当を食べるためにデイルームへ。
のんびり食べている気持になれず、超特急の速さでもぐもぐし(それでもよく噛むことは心がけたい)、
30分後に病室に戻ると看護師さんと看護学生が来ていた。
大学病院なので看護学生の実習が入ることはよくあることで、母も今回3回目の入院になるが、毎回快く承知をしている。
体温や血圧の計測、点滴の確認等が終わり二人がでていくと、母が一言「あの看護師さんちょっと嫌だわ」という。
母が誰かに対して愚痴をいうことはほとんどないので不思議に思っていた。
そんなに不快な感じはしなかったから。
そしてそうとう具合が悪かったようで、看護学生さんにも本当は今日は遠慮してもらいたいという。
あまりにも嫌悪感が強いようであれば、担当看護師さんに相談するつもりでいたが、間もなく実習時間が終わりだと告げに来たので、とりあえず何も言わずにいた。
そして、問題の看護師さん(担当看護師さんとは違う人)。
最近はそんなに珍しくなくなった男性の看護師さんで、見た目は素朴な感じなのだが、何度か母への接し方をみていると、どうも母が不快に思う気持ちがわかってきた。
マニュアル道理になんでも進めようとし、母の気持ちや身体の状態が置き去りにされている。
やるべき任務を果たし、治療のスケジュール通りにすすめていくことは、患者にとって必要なことであるとは理解しながらも、強引で脅迫的な物言いに違和感があった。
看護師が“男性だから”というのではなく、おそらく彼の仕事に対する観念が、患者との間に大きな隙間を作っているのだろう。
あまり母がわがままを言ってはいけないとしばらく様子を見ていたが、どうにも口を出したくなった。
(そして出してしまった)
夕食を食べられるか見届けたかったのだけど、その日は5時に病院を出なければならず、ちょうどバックを抱えて帰ろうとした時に、その男性看護師さんが入ってきて、どうしても今トイレに行ってきておしっこを出してきてほしいという。
その1時間ほど前にもトイレに連れていかれたばかりだというのに。
水分はなるべく摂るようにしていたが、それとてぐびぐびと飲めるものではなく、母はまだ出ないからもう少し時間が欲しいというのだが、頑として聞き入れてくれない。
そして彼はこういった
「日勤が終わり夜勤と交代するのでその前に出してほしい」
それを聞いた母は「それなら夜勤の看護師さんが来てからでもいいでしょ」と返すのだが、どうしても自分がいる間にしてほしいという。
そんな押し問答が続き、結局母はあきらめてトイレに向かった。
その後ろ姿を見て、私は一度抱えたバッグをまた椅子の上に置き、母が出てくるまで待つことにした。
母の様子が気になったのと、彼に一言告げたいことがあったから。
用を足した母がトイレの中からナースコールを押した時(終わったら押すよう言われていたらしい)、あの男性看護師は母が入ったのを見届けてからどこかへ行ってしまったのか、二人の看護師さん(女性)が駆けつけてきた。
母はさらに疲弊した表情で「あまり出ませんでした。もう絞り出すようにこれだけ・・・」といい、「あまりに強制的でプレッシャーが強くてあれではでないです」と訴えた。
私は男性看護師さんに直接話をしたかったのだけど、彼はいなかったので担当看護師さんともう一人の看護師さんに伝えることにした。
「患者はロボットではなく人間です」と。
看護師さんたちの忙しさはよくわかる。経験がないので実感はできないが、親しくしている知り合いの看護師長を通して、本当に激務で心身ともに大変な職業だということよく聞かされている。
私自身も幾たびかの入院で、その忙しさを目にしてもいる。
根本的なシステムから変えねば、なかなか看護師たち自身の思う看護をすることは難しいことも承知している。また、 患者の要望に答えたくともできない、歯がゆい思いをしている人も多いと思う。
でもそれでも患者の心を置き去りにしてはいけない。
治療は医学だけでは成立しない。
患者の心の状態がどれだけ治癒に結びつくものなのか、そして治療には患者と医療従事者の間に信頼関係が不可欠であることを、今一度その彼には考えてほしかった。
決して彼のやっていることを否定しているわけではない。
ただ、治療や看護にあたる中で、とても大切なそして決定的に足りないものがある、ということを自覚してほしかったのだ。
母は完全にかの男性看護師に対して不信感のみならず恐怖心を持っていた。
それはあまり言いたくないことだけど、「男性である」ということも多少は関係しているようだった。
性差別はするつもりはないが、強引なしぐさにやはりとても威圧感を感じていたのだと思う。 それが恐怖心を募らせたのだろう。
恐怖心や不安な気持ちを増大させ、プレッシャーを与え、信頼関係のない所に、適切な治療が存在するとは思えない。
私が待っていたこと。
そして本人ではないにしても、担当看護師さんに話をしたことで、母は少しほっとした表情をみせてくれた。(少し涙ぐんでいたかもしれない)
昨晩はぐっすりねむれただろうか。
と思っていたら今メールがきた。
例の看護師さんをはじめ、他の看護師さんたちも皆謝罪にきたという。
お互いの気持ちが通じあう看護になっていってくれればと思う。
そして昨晩はぐっすり眠れたとも記されていた。(ほっ(^。^))
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
2009.10.07
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先週母が入院し、いよいよ明日手術となった。
すでに数回入院してお世話になっている病院なので、母も勝手知ったるで落ち着いた様子。
先生からの説明になんども「悪性扱いですから」という言葉が出てきて、おいおい!と思ったけど、病院側としては必要な言葉なのだろうとも思う。
たとえ病理の結果が悪性でなかったとしても、レントゲン写真を拡大してもらったものを見た時、なんともまぁかなりぎりぎりの場所にできてしまったものだと、改めてリスクを感じてしまった。
脊髄の方に吸い寄せられるような形で、腫瘍が雫型に伸びていたのだ。
これはドクターとしては一刻も早く取り除いてしまいたいと思うのも当然のこと。
万が一脊髄を圧迫するようになれば、必然的に麻痺状態に陥るだろうし、手術で取り除くにもすべての腫瘍を取りきることはできなくなる。
本当はなんとか手術をせずに乗り切りたいというのが母と私の願いだったが、ここで思い切って決断してよかったと思っている。
明日はICUに一泊するようなので、術後は会話はできないけど、火曜日病室に戻ってきたら早速お手当てを始めようと思っている。
傷に直接触れることはもちろんできないけど、周辺のドレナージュはできる。
健康な人に行う通常のドレナージュではなく、あくまでも術後すぐにできる優しいドレナージュ。
これをするとしないとでは、自然治癒力の回復に歴然とした違いがでるし、しいては傷の回復力も変わってくる。
そして大切な呼吸のリハビリテーション。
理学療法士さんからの本格的なリハビリテーション(体操など)は、おそらくドレーンが抜けてからだと思うけど、その前にも痰の出し方などはすでに教わっているようなので、その助けもしていきたいと思っている。
とは言っても私ができるのは、食やその他のお手当てで痰を出しやすい状態になるよう手伝うだけだけど。
なかなかアロマを使うのは同室の患者さんの手前、なかなか難しいかもしれないけど、もし皆さんや看護師さんの了解が得られたら、できるだけ迷惑のかからない濃度でアロマも活用したいと思っている。
また、このブログでも紹介している、「BODY BASE」のエクササイズも取り入れる予定だ。
このエクササイズは本当に優れているといつも思う。
乳がんの患者さんだけでなく、健康な人にはもちろん(肩こりなどにすごくいい)、母のように身体を動かした方がいい場合は、年齢に関係なく取り入れることで術後の経過はとてもよくなる。
(*病気の種類や病状によってはエクササイズはNGの場合もあります。主治医と相談のうえ行ってください)
そして食や自然療法のお手当てには、レンコンをはじめ痰切りに有効なものがたくさんある。
病院食だけでは便秘になりそうなメニューだったので、
「あれを増やしてください。これを足してください。白いご飯は少なめに」
などとわがままにもリクエストをだしたのだけど(聞き入れてくださいました)、それでもまだ私としては納得できていないので、これからできるだけランチだけでも私の手作りのものを持参して(病院には了解を得ています)いこうと思っている。
また後日、どのようなことを実践したかを記録代わりに報告いたします。
今日はとってもいい天気♪
そして満月。
昨日の中秋の名月は残念ながら愛でることはできなかったけど、今夜の満月はどうだろうか?
満月の次の日の手術というのはいささか気になるところだけど、きっと大丈夫と願いをかけて今日はお日様の恩恵にあずかりながらあと半日過ごすことにしよう。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
すでに数回入院してお世話になっている病院なので、母も勝手知ったるで落ち着いた様子。
先生からの説明になんども「悪性扱いですから」という言葉が出てきて、おいおい!と思ったけど、病院側としては必要な言葉なのだろうとも思う。
たとえ病理の結果が悪性でなかったとしても、レントゲン写真を拡大してもらったものを見た時、なんともまぁかなりぎりぎりの場所にできてしまったものだと、改めてリスクを感じてしまった。
脊髄の方に吸い寄せられるような形で、腫瘍が雫型に伸びていたのだ。
これはドクターとしては一刻も早く取り除いてしまいたいと思うのも当然のこと。
万が一脊髄を圧迫するようになれば、必然的に麻痺状態に陥るだろうし、手術で取り除くにもすべての腫瘍を取りきることはできなくなる。
本当はなんとか手術をせずに乗り切りたいというのが母と私の願いだったが、ここで思い切って決断してよかったと思っている。
明日はICUに一泊するようなので、術後は会話はできないけど、火曜日病室に戻ってきたら早速お手当てを始めようと思っている。
傷に直接触れることはもちろんできないけど、周辺のドレナージュはできる。
健康な人に行う通常のドレナージュではなく、あくまでも術後すぐにできる優しいドレナージュ。
これをするとしないとでは、自然治癒力の回復に歴然とした違いがでるし、しいては傷の回復力も変わってくる。
そして大切な呼吸のリハビリテーション。
理学療法士さんからの本格的なリハビリテーション(体操など)は、おそらくドレーンが抜けてからだと思うけど、その前にも痰の出し方などはすでに教わっているようなので、その助けもしていきたいと思っている。
とは言っても私ができるのは、食やその他のお手当てで痰を出しやすい状態になるよう手伝うだけだけど。
なかなかアロマを使うのは同室の患者さんの手前、なかなか難しいかもしれないけど、もし皆さんや看護師さんの了解が得られたら、できるだけ迷惑のかからない濃度でアロマも活用したいと思っている。
また、このブログでも紹介している、「BODY BASE」のエクササイズも取り入れる予定だ。
このエクササイズは本当に優れているといつも思う。
乳がんの患者さんだけでなく、健康な人にはもちろん(肩こりなどにすごくいい)、母のように身体を動かした方がいい場合は、年齢に関係なく取り入れることで術後の経過はとてもよくなる。
(*病気の種類や病状によってはエクササイズはNGの場合もあります。主治医と相談のうえ行ってください)
そして食や自然療法のお手当てには、レンコンをはじめ痰切りに有効なものがたくさんある。
病院食だけでは便秘になりそうなメニューだったので、
「あれを増やしてください。これを足してください。白いご飯は少なめに」
などとわがままにもリクエストをだしたのだけど(聞き入れてくださいました)、それでもまだ私としては納得できていないので、これからできるだけランチだけでも私の手作りのものを持参して(病院には了解を得ています)いこうと思っている。
また後日、どのようなことを実践したかを記録代わりに報告いたします。
今日はとってもいい天気♪
そして満月。
昨日の中秋の名月は残念ながら愛でることはできなかったけど、今夜の満月はどうだろうか?
満月の次の日の手術というのはいささか気になるところだけど、きっと大丈夫と願いをかけて今日はお日様の恩恵にあずかりながらあと半日過ごすことにしよう。
pua honeyプライベートブログ《Allhealの森》
2009.10.04
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